車 中

 走行中の市内バスで、両替機の方へつと席を立って行った。千円札を入れ、硬貨をつかんだ。両替機のそばに座っていた男の子、中学生位だろうか、
 その子が一言、「俺んのも」と…。
 俺は「近いんだから自分でやったら」と言った。
 彼は低い声でブツブツ…と。その中にチラッと「ワンヤンミョウ(王娘廟)」という言葉が耳に入った。満州の支線で十時間位奥に入った国境駅近くの駅名であった。
 俺はスルリと彼の隣へ座って、満州の知っている限りの地名を連発した。皆通じる。
 「パイチョンズチーガンチ(白城子機関区)」 ウーン、これも分かる。
 俺は釜石で降りるのだが、乗り越して次のバス停で降りた。小さい小屋の中に自動販売機があって、そこでジュースを二缶買った。お金を、入れたかなあ…

 「ああ、面白い夢だった、さっそくメモを取っておかなければ」と思い返していたら、「ジャー」と、誰かがトイレの水を流している音で目が覚めた。あっ!先を越されてしまった。
 俺の兵役の原隊は満州なので、今釜石で戦友と会える事は先ずない。それで、こんなたわいもない夢を見たのだろう。 ホントにメモしておかなければ…。

     H・5・9・25ー4:55記

       (『ふだん記通信九号』平成五年十一月三十日)