蛙

 県民会館の玄関を入った。正面に二階へ続く階段。展示会場を探しながら左へ行く。突き当たりを右へ行くとやっと案内板が見えた。受付で引き替え票を出し、図録を受け取り、急いでページをめくる。ある、後ろの方だが確かに名前が載っている。
 受付から階段を五段降りるとそこが展示場だ。正面に、文部大臣賞受賞作品「ダムに沈む鳥川部落」、多色刷り、大作だ! 入賞作品が十点、その後に力作揃いの佳作二十点、それから入選作品が続く。初めて見た! 全国レベルの作品の群れを…。

 ーひとりごとー
 平安中期の頃、水溜まりで柳の下に蛙、垂れ下がった枝に飛びつこうとしている。何度目かにやっと飛びついたやせ蛙が、こわい物知らずで大海に出掛けてしまった。傍らで見ていた小野道風は何と言っただろう。身の程知らずの、のぼせ上がった生意気なやせ蛙め、と言うだろうか。
 年代が下って、このやせ蛙に一茶は応援して呉れている。「やせ蛙 負けるな一茶 こゝにあり」と、ウフ…。

 作品の三分の二は、手の掛かる多色刷り、迫ってくるような大きな画面、高そうな額縁、手慣れた額装…、中身も見事だった。思わずため息が出た。それに引き替え俺のは…、藍一色、サイズは四分の一、額はジグソーパズル用の安物、刷りはザツで、余白のバランスの悪いまゝ額に入れた。
 その俺の版画がまだ見つからない。壁の一、二面には、入賞、佳作と続く。入選は三面以降だが…、ない、無い…。角を曲がって、あっ、ありました! 見慣れた色が目に飛び込んできた。何とまあ小さくてめだたない。よく臆面もなく出品したもんだ。審査風景をテレビで見たが、係りの人が一枚ずつ持って審査員に見せながら通る。
藍一色も、自画像も、帆船も誰もやってなかった。額も考えようによってはシンプルだ。それで目にとまったのだろうか……?
 皆さんの版画歴は長そうで、版画展への出品は回を重ねているように見受けられた。作品の主流は、多色刷りの創作版画で、刷りに手を掛けている。この多色刷りというヤツは、今の俺にはとても手が出ない。やはり今迄通り単色で、彫りを主体にして習作を重ね、俺なりに楽しみながら表現していきたいと思っている。
                           やせ蛙大海見物記より

       (『ふだん記七号』平成六年七月)  



     読後感想ー佐藤竹男

◎蛙
 筆者の文章はなかなか個性の溢れた筆致だと思う。押さえ切れない創作意欲、世間ずれのないひたすらな創造性、そしてサラリと自分を後戻りの出来ない状態に置き、取り組みの真面目さを感ずる。